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東京高等裁判所 平成9年(行ケ)279号 判決 1998年9月29日

神戸市中央区磯上通8丁目1番32号

原告

株式会社渡辺洋服店

代表者代表取締役

渡邊千城

訴訟代理人弁理士

角田嘉宏

高石郷

古川安航

岡憲吾

阪本英男

東京都千代田区霞が関3丁目4番3号

被告

特許庁長官

伊佐山建志

指定代理人

上村勉

廣田米男

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第1  当事者の求めた裁判

1  請求の趣旨

特許庁が昭和61年審判第6186号事件について平成9年9月22日にした審決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

2  請求の趣旨に対する答弁

主文と同旨

第2  請求の原因

1  特許庁における手続の経緯

原告は、昭和56年11月28日、欧文字のC状のものを2個の交点が交互に上になるように組み合せてなり、平成3年9月25日政令第299号による改正前の商標法施行令による商品の区分第17類の「被服、その他本類に属する商品」を指定商品とする商標(以下「本願商標」という。別紙1、イ参照)について商標登録出願(昭和56年商標登録願第98934号)をした。特許庁は、昭和59年4月2日、上記商標登録出願について出願公告(商公昭59-21479号)をしたが、昭和61年1月21日、拒絶査定をした。原告は、これを不服として審判の請求をした。特許庁は、同請求を昭和61年審判第6186号事件として審理したうえ、平成9年9月22日、「本件審判の請求は、成り立たない。」旨の審決をし、同年10月16日に原告にその謄本を送達した。

2  審決理由の要点

(1)  本願商標の構成、指定商品及び登録出願日は、前記のとおりである。なお、本願商標は、別紙1、ロに表示したとおりの構成の商標登録第553616号に係る商標(以下「引用商標(1)」という。)及び同時に商標登録出願した商標と連合する商標として登録出願されたものである。

(2)  これに対して、特許庁は、「本願商標は世界的に知られたファッション製品メーカーである「シャネル」(フランス)が「香水、ハンドバック、ブラウス」等に使用している著名な標章と類似するものであるから、これを出願人が本願指定商品に使用する場合は、シャネル社(以下「訴外会社」という。)の業務に係る商品と混同を生ずるおそれがあるものと認める。したがって、この商標登録出願に係る商標は、商標法第4条第1項第15号に該当する。」との拒絶理由を通知し、その理由により本願について拒絶の査定をした。

(3)  原査定の拒絶理由の通知中にいう「「シャネル」(フランス)が「香水、ハンドバック、ブラウス」等に使用している著名な標章」とは、別紙2、イに示す標章(以下「シャネル標章イ」という。)及び別紙2、ロに示す標章(以下「シャネル標章ロ」といい、これらを「シャネル標章」と総称する。)であると認められる。

(4)  本願商標をみると、その構成の全体の形状がシャネル標章ロと類似しているものと認められる。

シャネル標章イは、化粧品の商標として使用されている事実が認められ(乙第1号証ないし乙第4号証参照)、その構成中の円輪郭内の図形に特徴があるところ、この円輪郭内の図形の形状が本願商標の全体の形状と類似している。

(5)  職権により調査したところ、シャネル標章は、化粧品、バッグ、ネクタイ等に使用され、その結果、本願商標の登録出願前には、既に、いわゆるブランド品のシャネルを象徴する標章として我が国においても周知著名となっていたものと認められる(5冊の書籍を参照として列挙。乙第1号証ないし乙第5号証参照)。

(6)  請求人(原告)は、引用商標(1)に係る商標権を有しており、異議申立人(訴外会社)のシャネル標章がたとえ周知著名な商標であるとしても、異議申立人(訴外会社)は前記の請求人(原告)の登録商標の商標権を侵害して違法にシャネル標章を使用して著名としたものであるから、著名商標として保護されるべきでない旨主張する。甲第3号証(審判事件の甲第1号証)によれば、請求人(原告)は、昭和33年12月26日に登録出願され、第36類「洋服、その他本類に属する商品」を指定商品として同35年7月29日に登録された引用商標(1)の商標権者と認められ、職権で調査したところ、引用商標(1)は、別紙1、ロに表示したとおりの構成のものと確認でき、その図形部分は、本願商標と同一といえる構成のものとみることができる。

しかしながら、シャネル標章は、ネクタイ等の引用商標(1)に係る指定商品に含まれる商品にのみ使用していたものではなく、バッグ、ネックレス、化粧品等の引用商標(1)の指定商品に含まれない商品にも使用し、その結果、前記認定のとおり本願商標の登録出願前に我が国において、周知著名となっていた。請求人(原告)は、このようなシャネル標章の使用を見過ごしていたとみられる。そうしてみると、引用商標(1)の商標権に基づく請求人(原告)の主張は、採用できない。

(7)  また、請求人(原告)は、永年、自己の洋服店のマークとして本願商標を使用してきたと認められるが、請求人(原告)提出の証拠上、本願商標を単独で新聞広告等において表示している例はなく、引用商標(1)中にみられる文字態様の「洋服ノ粋」及び「渡邊」の文字を併記して使用しているものであり、請求人(原告)の扱う商品が主に注文紳士服であり、その扱う商品の範囲、顧客層が広くないことからすると、本願商標の登録出願の時においても、本願商標自体の周知著名性はシャネル標章の著名性に到底及ばなかったものと判断できる。したがって、本願商標の使用に基づく請求人の前記主張も根拠がなく、採用できない。

(8)  そうすると、「洋服ノ粋」及び「渡邊」の文字を伴っていない本願商標がその指定商品について使用された場合は、これが著名なシャネル標章と類似しているため、シャネルの業務に係る商品と混同を生ずるおそれが、本願商標の出願の時に既にあったものと認めることができる。

したがって、本願商標が商標法4条1項15号に該当するとして本願商標の登録出願を拒絶した原査定は妥当であって、本願商標を登録することはできない。

3  審決を取り消すべき事由

審決の理由中1(特許庁における手続の経緯)は認める。同2(審決理由の要点)中、(1)ないし(3)は認める。

(4)のうち、「本願商標をみると、その構成の全体の形状がシャネル標章ロと類似しているものと認められる。」、シャネル標章イは「この円輪郭内の図形の形状が本願商標の全体の形状と類似している。」との部分は認め、その余は争う。

(5)は争う。

(6)のうち、原告主張部分及び「甲第3号証(審判事件の甲第1号証)によれば、請求人(原告)は、昭和33年12月26日に登録出願され、第36類「洋服、その他本類に属する商品」を指定商品として同35年7月29日に登録された引用商標(1)の商標権者と認められ、職権で調査したところ、引用商標(1)は別紙1、ロに表示したとおりの構成のものと確認でき、その図形部分は本願商標と同一といえる構成のものとみることができる。」との部分は認め、その余は争う。

(7)のうち、「請求人(原告)は、永年、自己の洋服店のマークとして本願商標を使用してきたと認められるが、請求人(原告)提出の証拠上、本願商標を単独で新聞広告等において表示している例はなく、引用商標(1)中にみられる文字態様の「洋服ノ粋」及び「渡邊」の文字を併記して使用している」との部分は認め、その余は争う。

(8)は争う。

審決は、シャネル標章イと同ロの著名性について認定しておらず(取消事由1)、シャネル標章ロが悪意、かつ、違法に使用されていて周知著名標章としての保護を受けることができないのに、これを保護して商標法4条1項15号の適用があると判断し(取消事由2)、いずれの商標がより著名であるかの認定は不要のはずであるのに本願商標はシャネル標章の周知著名性に到底及ばないとして商標法4条1項15号の適用があると判断するなどし(取消事由3)、さらに、違法な手続で証拠調べをして、シャネル標章の使用の事実や周知著名性を認定した法令違背(商標56条が準用する特許150条5項)があり(取消事由4)、違法であって、取り消されるべきである。

(1) 取消事由1

審決は、シャネル標章イと同ロの著名性について認定していない違法がある。

すなわち、シャネル標章イは、円輪郭を含む全体に特徴があり、それ故にシャネル標章ロとは非類似の別商標である。したがって、シャネル標章イとシャネル標章ロを合わせたシャネル標章の著名性というものはありえず、本願商標の商標法4条1項15号該当性については、シャネル標章イとシャネル標章ロの著名性を別個に認定して、いずれかの標章の著名性をもって、同号該当性を認定すべきである。ところが、審決は、シャネル標章イとシャネル標章ロを合わせたシャネル標章と本願商標とを対比し、シャネル標章と類似しており、本願商標の出願時、既に、シャネルの業務にかかる商標と混同を生ずるおそれがあったと誤った判断をした。

審決でシャネル標章の周知性の証拠として引用した乙第1号証ないし乙第5号証から、シャネル標章イの使用は認められるが、シャネル標章ロについては、シャネル標章ロに類似するデザインの口金を付したバッグ、ポケット部分にシャネル標章ロと同態様のデザインが付されたシャツの各写真が見受けられるだけであって、同証拠からシャネル標章ロの使用は認められない。

(2) 取消事由2

審決は、シャネル標章ロが悪意、かつ、違法に使用されていて周知著名標章としての保護を受けることができないのに、これを保護して商標法4条1項15号の適用があると判断した違法がある。

すなわち、周知、著名商標が保護されるためには、周知、著名商標主が善意であることのほかに、該商標が適法に使用せられたものでなければならない。したがって、既登録商標がある場合において、これと抵触する商標を悪意で使用し続け、周知性を取得しても、その後において、既登録商標の商標権者本人が、同商標に類似する商標を出願した場合に、周知商標と抵触することを理由に連合商標の登録を拒否することはできない。

ところで、訴外会社の有する商標登録第1263242号のシャネル標章イに係る商標(以下「引用商標(2)」という。)は、少なくとも原告の有する商標登録第553616号の引用商標(1)に係る商標の指定商品であるネクタイ、ブラウスについて違法使用があったから、商標法の保護はない。

ところが、審決は、引用商標(2)に係るシャネル標章イを含むシャネル標章が、ネクタイ等の引用商標(1)に係る指定商品に含まれる商品にのみ使用していたものではなく、バッグ、ネックレス、化粧品等の引用商標(1)の指定商品に含まれない商標にも使用し、その結果、本願商標の登録出願前に我が国において周知著名となっていたと認定し、本願商標は、商標法4条1項15号に該当するとしたものであって、法令適用の誤りがある。

なお、審決は、請求人(原告)は、シャネル標章の使用を見過ごしていたとみられるとの理由で、引用商標(1)の存在は本願商標を登録する理由にならないとしている。

しかし、審決は、シャネル標章というが、シャネル標章イとシャネル標章ロは、非類似の別商標であり、シャネル標章イが使用されても何らかの手段はとれず、また手段をとってはならないはずである。まして、引用商標(2)の商標権の行使であるときは、これを妨げるのは違法行為である。そして、シャネル標章ロの使用が引用商標(1)の商標権を侵害しているか否かは、商品との関係からみれば、本願商標の出願前においてあまり明確ではない。加えて、自他商品識別標識の使用とは判断しがたいシャネル標章も存在する。このような状況において、何等かの手段をとったか否かは、本願商標の登録可否の理由にはできないはずである。そもそも、商標権を侵害するものは過失があったものと推定され、過失責任があるにもかかわらず、侵害排除をしなかった商標権者は著名商標を認めなければならない義務が生じるとするのは、あまりに均衡を失する不当な取扱いとなる。

(3) 取消事由3

審決は、商標法4条1頃15号該当性を判断するに当たって、いずれの商標がより著名であるかの認定は不要のはずであるのに、本願商標はシャネル標章の周知著名性に到底及ばないとして、商標法4条1項15号の適用があると判断した違法がある。

原告は、昭和52年、53年頃以前から、神戸、東京、大阪及び姫路に店舗をおいて、活発に営業活動を展開していたが、谷崎潤一郎その他の著名人が顧客として名前を連ねており、原告の商品には本願商標が付され、包装紙、ラベルにも本願商標が付され、原告東京店の店頭にも本願商標を表示しており、本願商標は、昭和52年当時、既に著名であった。そして、原告は、現在に至るまで、継続的に本願商標を使用し、その著名性を維持する努力を続けており、現在もなお著名である。しかも、今日まで、本願商標とシャネル標章イは、明瞭に区別され、互いに識別性を有しながら、出所の混同を生じることなく、我が国において併存し続けている。したがって、商標法4条1項15号にいう混同のおそれはない。

審決は、請求人が永年洋服店の標章として本願商標を使用してきたことを考慮しても、「洋服ノ粋」及び「渡邊」の文字を併記して使用してきたものであり、また、請求人の取り扱う商品の範囲、顧客層が広くないことからすると、本願商標の登録出願の時においても、本願商標自体の周知著名性はシャネル標章の著名性に到底及ばなかったものと判断できるから、本願商標の使用に基づく請求人の前記主張も根拠がなく、採用できないと認定している。

しかし、商標登録第553616号商標の公告公報(甲第3号証)には「洋服ノ粋」、「渡邊」の文字自体については権利を要求しないと明記されているのであり、使用商標において「洋服ノ粋」、「渡邊」が併記されたことと本願商標の著名性の希釈化とはかかわりがないはずである。したがって、審決が本願商標とシャネル標章の著名性の比較において、使用商標に文字の併記があったことを本願商標の著名性の希釈化の理由としたことは当をえない。

(4) 取消事由4

審決は、違法な手続で証拠調べをして、シャネル標章の使用の事実や周知著名性を認定している。

すなわち、審決は、「職権により調査したところ」とし、使用事実、周知著名であることは審決書記載の5つの書籍(乙第1号証ないし乙第5号証)を参照にして認められるとしている。商標法56条において準用する特許法150条1項は職権で証拠調をすることができる旨規定しているが、同5頃によれば、職権で証拠調をしたときは、その結果を出願人に通知し、出願人に意見を申し立てる機会を与えなければならないとされている。しかし、本件審判において、出願人にこの機会は与えられなかった。したがって、審決書に記載の5つの書籍が証拠としてシャネル標章の周知著名の事実認定に用いられたのであれば、本件審判は手続に違法があったのであるから、審決は取り消されなければならない。

第2  請求の原因に対する被告の認否及び主張

1  請求の原因1及び2は認め、同3は争う。

2  被告の主張

(1)  取消事由1について

審決は、本願商標とシャネル標章イ及びシャネル標章ロとが出所の混同が生ずるおそれがあると認定したものであり、その際にシャネル標章イ及びシャネル標章ロを合わせて「シャネル標章」と表示したにすぎない。審決は、シャネル標章イとシャネル標章ロとが類似するか否かについそは言及していない。シャネルが所有する標章間の類否は、本願商標が商標法4条1項15号に該当するか否かを検討するうえで必要のないことである。

(2)  取消事由2について

原告が、悪意、かつ、違法に使用されている商標について周知著名標章としての保護を受けることができないとしているのは、商標法4条1項10号の周知著名商標の保護に関する解釈を同15号の解釈に当てはめようとするものであって、失当である。

商標法4条1項15号は「他人の業務に係る商品又は役務と混同を生ずるおそれがある商標」と規定しており、商標登録出願に係る商標が、たとえ本人の登録商標と類似する商標であっても(本人の登録商標と相互に連合商標とすべき商標であっても)、他人の業務に係る商品と混同を生ずるおそれがあるものであるときは、商標法4条1項15号に該当することを免れる事由とはなりえない。

(3)  取消事由3について

商標法4条1項15号に該当するか否かを認定するに際して、本件のように原告の有する商標登録第553616号商標とシャネル標章とがいずれも使用されている場合には、いずれが著名性を獲得しているかを検討する必要がある。

原告が、洋服店の標章として本願商標を永年使用しできたとしても、原告提出の証拠によっては、本願商標が著名な商標であるとはいえない。シャネル標章は、本願商標の登録出願の時には著名となっていたため、原告が、これと外観上類似する本願商標をその指定商品について使用するときは、需要者において、それがシャネルの業務に係る商品であるかのように混同を生ずるおそれが既にあったのである。

本願商標は、甲第2号証に表示されているとおり、図形のみからなるものであって、原告の有する商標登録第553616号の引用商標(1)に係る商標(甲第3号証)中にある「洋服ノ枠」及び「渡邊」の文字を伴っていない点において引用商標(1)やこれらの文字を併記して使用している原告の洋服店の標章とは異なり、シャネル標章と外観上類似し、これと混同を生ずることは明らかである。

(4)  取消事由4について

審決記載の5冊の書籍については、職権により証拠調を行ったものではなく、シャネル標章が著名性を獲得したものであることを念のため示すための参考文献として付記したにすぎないものである。なお、本願についてはシャネルより登録異議の申立てがあり、登録異議申立書副本及び登録異議申立理由補充書副本が原告(本願出願人)の当時の代理人宛に発送されているところ、本件審判請求書において原告(審判請求人)がシャネル標章の著名性について争った事実はなかった。

職権による証拠調について、原告は、審判手続において、職権による証拠調の結果を原告に通知し、意見を申し立てる機会を与えなかった違法があると主張するが、シャネル標章の著名性については、訴外会社が提出し、原告の当時の代理人宛にその副本が発送された(乙第6号証)商標登録異議申立理由補充書(乙第9号証)において証拠を示して主張されているところであり、また、審査における昭和60年9月25日付の本願についての拒絶理由通知書にも開示されている(乙第10号証)ところである。そうとすれば、原告としては、審決記載の5冊の書籍を通知されなくても、自らの判断でシャネル標章の著名性に関して主張することは当然に可能であったというべきであるし、また、原告は、審判においてシャネル標章の著名性について争った事実はなかったから、本件の場合、審決記載の5冊の書籍を原告に通知しなかったことが、審判の適正及び原告の権利保障の観点からみて重大な暇疵であるとはいえない。したがって、原告の主張は失当であり、本件審決を取り消すべき理由にはならない。

シャネル標章ロは、本願商標が登録出願された昭和56年11月28日より前に、既に著名となっていたものである。このことは、乙第1号証の58頁のシャネルの商品を紹介している箇所に、「ポケットにシャネル。」、「シャネル標章がそのまま柄になっている。」との記載があり、また、乙第4号証の37頁に「ココ・シャネルのCCという留金」の記載があることからも明らかである。そして、シャネル標章イが、化粧品の商標として使用されて既に著名となっていたことは、乙第2号証ないし乙第4号証によっても明らかである。したがって、シャネル標章イ及びシャネル標章ロ、すなわち、シャネル標章が、既に著名であったことは、審決書に参考文献として記載した5冊の雑誌(乙第1号証ないし乙第5号証)によっても、立証されるものであるから、シャネル標章の著名性を認定するに当たって審決に瑕疵がある旨の原告の主張は、その根拠がないものである。

第3  証拠

証拠関係は、本件記録中の書証目録に記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

第1  請求の原因1(特許庁における手続の経緯)及び同2(番決理由の要点)の事実は、当事者間に争いがない。

第2  審決を取り消すべき事由について判断する。

1  本願商標が、欧文字のC状のものを2個の交点が交互に上になるように組み合せてなるものであること、シャネル標章イが別紙2、イに示す標章、シャネル標章ロが別紙2、ロに示す標章であること、シャネル標章イの円輪郭内の図形の形状が本願商標の全体の形状と類似していること、本願商標がその構成全体においてシャネル標章ロと類似していること、引用商標(1)が別紙1、ロに表示した構成で、その図形部分が本願商標と同一であることは、原告もこれを認めるところである。

2  取消事由1について

(1)  乙第1号証ないし乙第5号証、乙第9号証によれば、訴外会社は、世界的な総合ファッションメーカーであり、香水、ハンドバッグ、ブラウス等のいわゆるブランド物の商品を、我が国を含めた全世界に販売していること、訴外会社は、昭和48年4月26日、シャネル標章イ(引用商標(2))につき、平成3年9月25日政令第299号による改正前の商標法施行令による商品の区分第17類「被服(運動用特殊被服を除く)、布製身回品(他の類に属するものを除く)、寝具類(寝台を除く)」を指定商品として商標登録出願(昭和48年商標登録願第68317号)をし、同出願は昭和51年8月25日に出願公告(商公昭51-44350号)され(乙第9号証)、その後登録商標第1263242号として商標登録されたこと、訴外会社は、遅くとも昭和52年頃には、同社の商品にシャネル標章イ又は同ロを付して、我が国において広く販売活動を展開していたことが認められる。

そして、シャネル標章の周知著名性についてみるに、乙第1号証ないし乙第5号証によれば、株式会社講談社が昭和52年6月及び昭和53年4月に各発行した「世界の一流品大図鑑」中には、留金がシャネル標章ロの構成と類似した図形の高級ハンドバッグ、容器にシャネル標章イを付した各種化粧品が一流ブランド品として紹介されており、また、昭和53年主婦と生活社発行の「別冊ジュノン世界の逸品百科事典」中にも、ポケットにシャネル標章イを付したシャツが一流ブランド品として紹介されており、その他、昭和52年10月30日文化出版局発行の「日本で買える世界の特選品」、昭和52年10月26日株式会社鎌倉書房発行の「世界のファッション・アクセサリー」中にも、シャネル標章イ、同ロの付された訴外会社の商品が一流ブランド品として紹介されていること、また、訴外会社は、シャネル標章ロ(シャネル標章イから円輪郭を除いた部分でもある。)を付した同社のブランド物商品の広告宣伝をしてきたことが認められる。

以上認定の事実によれば、シャネル標章イも同ロも、本願商標の登録出願日において、訴外会社の販売する商品の商標として、高級品を購買する顧客層に属する人々の間で著名となっていたものと認められる。

(2)  原告は、審決は、シャネル標章イと同ロの著名性について認定していない違法がある旨主張するが、前記審決理由の要点に記載のとおり、審決は、シャネル標章イ及び同ロをシャネル標章と総称しているものの、上記各標章の構成をそれぞれ認定したうえで著名性の判断をしているのであって、シャネル標章イと同ロの著名性について認定していることは明らかであるから、原告の上記主張は失当というほかはない。

(3)  原告は、乙第1号証ないし乙第5号証には、シャネル標章ロに類似するデザインの口金を付したバッグ、ポケット部分にシャネル標章ロと同態様のデザインが付されたシャツの各写真が見受けられるだけであって、同証拠からシャネル標章ロの使用は認められない旨主張する。

しかしながら、乙第2号証ないし乙第4号証の写真に写っているハシドバッグは、黒い無地のバッグにシャネル標章様のデザインの留金を付したものであって、留金が見る者の注意を引く外観になっており、しかも、この留金について、「ココ・シャネルのイニシャル、CCマークの組合せをポイントに」(乙第3号証39頁)、「ココ・シャネルのCCという留金」(乙第4号証37頁)といった広告宣伝がされているため、上記デザインの留金は、これを見る者をして訴外会社の商品であることを想起させるものとなるに至っており、自他商品の識別機能を有する態様で使用されているものと認められる。また、乙第1号証の写真に写っているシャツは、ポケット部分にシャネル標章ロ様のデザインが付されていて、シャネル標章ロ様のデザインが見る者の注意を引く外観になっており、しかも、このデザインについて、「ポケットにシャネル」(乙第1号証58頁)といった広告宣伝がされているため、上記シャネル標章ロ様のデザインは、これを見る者をして訴外会社の商品であることを想起させるものとなるに至っており、自他商品の識別機能を有する態様で使用されているものと認められる。

したがって、原告の上記主張は、採用することができない。

3  取消事由2について

原告は、審決は、シャネル標章ロが悪意、かつ、違法に使用されていて周知著名標章としての保護を受けることができないのに、商標法4条1項15号の適用があると判断した違法がある旨主張する。

ところで、商標法4条1項15号は、「他人の業務に係る商品又は役務と混同を生ずるおそれがある商標」について、商標登録を受けることができないと規定しているのであって、他人がその商標を悪意あるいは違法に使用していないことは要件となっていない。

したがって、原告の上記主張は、採用することができない。

4  取消事由3について

(1)  原告が、永年、自己の洋服店のマークとして本願商標を使用してきたこと、原告が審判で提出した証拠上、本願商標を単独で新聞広告等において表示している例はなく、引用商標(1)中にみられる文字態様の「洋服ノ粋」及び「渡邊」の文字を併記して使用していることは、原告の認めるところである。

そして、当審において新たに原告から提出された甲第9号証ないし甲第26号証によっても、原告は、終始、本願商標を単独で新聞広告等において表示している例はなく、引用商標(1)中にみられる文字態様の「洋服ノ粋」及び「渡邊」の文字を併記して使用していたことが認められる。

したがって、本願商標が原告の商品を表示するものとして周知となっていたとはいえない。

なお、甲第5号証の1、2、甲第6号証ないし甲第8号証によれば、背広の裏地の模様、紙袋等に、本願商標を単独で使用していることが認められるが、いずれも、本願商標の登録出願後である平成10年5月頃における使用の事実であって、上記認定を左右するに足りない。

(2)  以上認定の事実によれば、前記認定のとおり、シャネル標章は、本願商標の登録出願時において、訴外会社の商品に使用される商標として、高級化粧品、ハンドバッグ、ブラウス等を購買する顧客層に属する人々の間で著名となっていたのであるから、シャネル標章と類似している本願商標を被服に使用すれば、その被服製品が訴外会社の業務に係る商品ではないかと、その出所について誤認混同されるおそれがあると認められる。

5  取消事由4について

(1)  弁論の全趣旨によれば、審決が、乙第1号証ないし乙第5号証について職権により証拠調をしたものの、その結果を出願人(原告)に通知し、出願人(原告)に意見を申し立てる機会を与えなかったことは、明らかであるから、審決は、商標法、56条において準用する特許法150条5項の規定に違背しているものといわざるをえない。被告は、職権により証拠調を行ったものではない旨主張するが、審決の記載内容に照らし、上記主張は、採用することができない。

(2)  ところで、乙第6号証ないし乙第12号証によれば、次の事実が認められる。

(イ) 本願商標に係る商標登録出願が昭和59年4月2日に出願公告された後、訴外会社は、同年6月1日付で商標登録異議の申立てをし、同年9月1日付で商標登録異議申立理由補充書及びシャネル標章が周知著名であることを裏付けるための証拠を提出した。訴外会社は、同理由補充書において、シャネル標章には著名性があること、シャネル標章と本願商標とは類似していること、指定商品も同一であること、本願商標は訴外会社の業務に係る商品と誤認混同される蓋然性が高い商標であることなどを挙げて、本願商標は商標法4条1項11号及び15号に該当する旨主張した。

(ロ) 特許庁審査官は、昭和60年2月1日付で、原告に対して、上記書面の副本を送付した。原告は、その頃、同書面を受け取り、昭和60年5月1日付で、商標登録異議答弁書を提出した。原告は、同答弁書において、訴外会社の申立事由に対して、訴外会社の有する引用商標(2)が本願商標と類似するというのであれば、本願商標と連合する引用商標(1)の後に登録出願されたものであるから、引用商標(2)は商標法4条1項11号により登録されるべきものではなかったとか、訴外会社は、故意に引用商標(1)と類似する商標を使用し、原告の業務に係る商品と混同を生じさせているから商標法51条により取り消されるべきものであるなどと主張したのみで、シャネル標章の著名性については何も記載しなかった。

(ハ) 特許庁審査官は、昭和60年9月25附で、前記のとおり、本願商標が訴外会社の著名なシャネル標章と類似し、誤認混同を生ずるおそれがあり、商標法4条1項15号に該当するとの拒絶理由を通知した。

(ニ) 原告は、昭和60年12月4日付で意見書を提出し、拒絶理由にいう訴外会社が使用している著名商標がどのような標章を指すのか明確でない、シャネル標章が著名標章であることを裏付ける手掛かりがない、本願商標の方がシャネル標章よりはるかに著名になっている、本願商標がシャネル標章と類似して出所混同を生じるのであれば、シャネル標章が引用商標(1)に係る商標権を侵害していることになるなどと主張したが、前記のとおり、昭和61年1月21日に拒絶査定を受けた。

(3)  上記認定の事実によれば、審査手続の段階で、既にシャネル標章の著名性の有無が争点となっており、審査官が拒絶理由通知においてもシャネル標章の著名性を認定しており、原告は、この点に関し意見、資料を提出して反論する機会が十分にあったのに、これをしなかったものであって、実質的には意見を申し立てる機会が与えられていたものというべきであり、また、シャネル標章が本願商標の登録出願時に著名になっていたとの前記認定の事実に照らすと、特許庁が乙第1号証ないし乙第5号証の職権による証拠調の結果について原告に意見を申し立てる機会を与え、その意見を斟酌したとしても、シャネル標章は周知著名となっていたとの審決の認定が左右される可能性があったとはいえない。

そうすると、前記違法は、審決の結論に影響を及ぼすものではないというべきであるから、取消事由4は、審決を取り消す理由として採用することができない。

第3  よって、審決の取消しを求める原告の本訴請求は、理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条を適用して、主文のとおり判決する。

(口頭弁論終結日 平成10年8月18日)

(裁判長裁判官 清永利亮 裁判官 山田知司 裁判官 宍戸充)

別紙1

<省略>

別紙2

<省略>

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